カービー・パケット
カービー・パケット(Kirby Puckett, 1960年3月14日 - 2006年3月6日)はアメリカ合衆国イリノイ州シカゴ出身の元メジャーリーガー。外野手。右投右打。現役時代の身長5フィート8インチ(約173cm)、体重210ポンド(約95kg)。
来歴
1982年のドラフト会議で、1巡目(全米3位)でミネソタ・ツインズに指名され、入団。1984年メジャーデビュー。
スピードとパワーを兼ね備えた好打者で、1989年に首位打者、1994年に打点王を獲得した。1986年8月1日にはサイクルヒットを記録。1987年、1991年の世界一にも貢献。特に1991年のワールドシリーズ第6戦では延長11回にサヨナラ本塁打を打つなど活躍した。
小柄でずんぐりとした風貌と明るい性格からファンに愛される存在であり、現役時代から緑内障の予防活動や障害児支援に尽力した。オフには『セレブリティ・ビリヤード・トーナメント』を開催し、収益金を心臓病児童の基金に寄付したりするなど様々なチャリティー活動に参加した。1993年に地域活動への貢献でブランチ・リッキー賞を受賞。しかし自身も緑内障に冒されて右目を失明し、1996年シーズン前に引退を表明した。同年、ロベルト・クレメンテ賞を受賞し、1997年には自身の背番号「34」がツインズの永久欠番に指定された。
通算打率.318は、ア・リーグに所属した20世紀の右打者(4,000打数又は1,500安打以上)としては最高打率であった。
資格1年目の2001年、サンディー・コーファックス、ルー・ゲーリッグに次ぐ史上3番目の若さで殿堂入りを果たし、その後はツインズ副会長としてチームの手助けをしていた。
2002年2月に、複数の女性との浮気が発覚し、トーニャ夫人から離婚訴訟を起こされた。また同年10月には、レストランのトイレに女性を引きずりこんで胸を触ったとされ、監禁と暴行容疑で逮捕された。後に無罪となっている。
しかし、2004年には夫人に暴力をふるったなどで逮捕されるなどトラブルを抱え、それに疲れたのか2006年3月6日、心臓発作により45歳の若さでこの世を去った。
現役時代、日米野球で来日しており、日本でも知名度のある選手だった。